扶養家族

2010.04.16

『ビジネス・ナンセンス事典』 中島らも(著)

扶養家族 【ふようかぞく】
生活の世話をされ、やしなわれている家族。

田中が仕事をしていると、課長の上村があわてて走ってきた。いま知らせがはいって、田中の次男の多喜二が家の木から落ちて重傷を負ったというのだ。
「田中くん、何しとる。早く帰ってあげなさい」
田中は呆気にとられたような顔で上村課長の顔をながめた。
「帰ったげなさい・・・って・・・。課長、そんなことくらいで会社を早退したりできませんよ」
「な、何をいっとる。息子さんが木から落ちて大ケガをされたんだぞ」
「でも、生きてるんでしょ?」
「そりゃ、まあ、そうだが」
「ここで私が早退したら、皆勤手当はどうなるんですか。え?」
「そんなことは、私がどうにでもしてあげるから、田中君。今日のところはすぐに帰ってあげなさい」
上村課長の強引な説得に負けて、田中はしぶしぶ会社を辞して、家に帰ることにした。
家の近くまで来ると、前方から十人くらいの子供の一団が走ってきた。彼らは田中の横をすり抜けながら、口々に、「あ、父ちゃんだ、父ちゃんだ」と叫んだ。四男の多与志に五男の多伍男、次女の和子に三女のとめ子、四女の末子などの顔が確認できた。同居させている義妹の子供やおいっこ夫婦の子供もいるようだった。
「ただいま」
家の戸をあけると、ゲタ箱の上に六男の留男がのっかって小便をしていた。
「こら、そんなとこで小便をする奴があるかっ!」
「あ、父ちゃん」
この声でゲタ箱ガラッとあいて、中から下半身裸の男の子と女の子が出てきた。七男の、えーっと、多七と、義妹の子の何とかいう奴だ。お医者さんごっこをしていたらしい。
「あら、あんたなの?」
台所のほうから妻の声が聞こえた。
「ああ。多喜二が木から落ちたんだってな?」
「ああ、そうなのよ。ヒビがはいってるらしいんで、いま二階で寝かせてるのよ」
「そうか。じいちゃんたちは」
「二階だと思うけど、知らないわよ、いちいちそんなこと」
田中は二階へ上がるために、階段の一段一段で眠っていたりすわっていたりする子供たちをまたがねばならなかった。もう最近ではどの子が誰の子で何という名前だったのか、正確には覚えていない。
田中はやっと二階に上がると、自分の両親と妻の両親にあいさつした。それから伯父夫婦とひいじいさんにあいさつをした。大伯母にあいさつをしようとすると彼女は死んでいた。三人ほどの子供たちが彼女の腹の上で飛びはね続けていた。
多喜二はどうやら、物干し台のほうで寝ているようだが、人をまたいでいくのに疲れたので、田中は「大丈夫か」と声をかけるだけにしておいた。

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